2018年4月10日火曜日

被相続人の退職年金を受領すると単純承認になるか(蔚山地方法院2018年3月29日)

 本件は、相続人が相続放棄をしたのに対し、被相続人の債権者が「相続人が被相続人の会社から退職金や退職年金などを受領した行為が相続財産の処分行為に該当し、単純承認とみなされる」と主張し、相続人に対して借金の返済を求めた事案です。
 相続人が被相続人の債権を執行する行為は相続財産の処分行為に当たり、単純承認をしたとみなされるのが原則です。
 しかし、裁判所は相続人が被相続人の扶養家族であり、まだ学生であったこと、退職金の2分の1に該当する金額や退職年金は差押え禁止財産であること、相続人が受領した金額は差押え禁止財産の範囲内であることを理由に、退職金や退職年金を受領した行為は相続財産の処分行為に当たらないとしました。
 相続人が債権を取り立てる行為が相続財産の処分行為に当たるというのは日本の判例にもありますが(最高裁昭和37年6月21日判決)、今は給与が現金払いされることがなくなったり、通常は現金は銀行に預けておくようになったりしているので、給与債権や預金債権を現金化することを債権を取り立てることと同一視すべきでないと考えます。
 また、相続財産が現金として手元にある場合にその中から葬式代を出すことは相続財産の処分に当たらないのに、銀行に預けてある場合にはその中からら葬式代を出すと相続財産の処分に当たるとするのは変だと思うのが常識的な判断と思われます。
 本件は、葬式費用を出すために退職金などを受領した行為を相続財産の処分に当たるとして単純承認とみなすと多額の借金を背負うことになるという事情を踏まえて、単純承認に当たらないとしたと思われます。理由は疑問がありますが、結論は妥当と思います。
 以下は、判示の一部抜粋です。

 原告は、被告らが上の相続放棄申告の受理審判を受ける前に故人が労働者として働いていた会社から故人の退職金などを受領しているところ、これは民法第1026条第1号が相続の単純承認とみなす事由として定める「相続人が相続財産に対する処分行為をしたとき」に該当するので、その後になされた被告らの相続放棄は効力がないと再抗弁する。
 被告らが上の相続放棄申告後にその受理審判がある前である2017年8月24日に個人が労働者として働いていた会社から故人の退職金などの名目で25,143,774ウォン(以下「争点受領金」という)を被告の口座に受領した事実は当事者の間で争いのないところ、下のような理由で、上の受領行為は民法第1026条第1号が定める「相続人が相続財産に対する処分行為をしたとき」に該当するといえないので、原告の上の再抗弁は受け入れられない。
 争点受領金25,143,774ウォンは、故人の退職金、給料およびこれと似た性質をもつ債権(以下「退職金など」と総称する)の2分の1に該当する金額、故人の退職年金、慰労金など遺族固有のものとして支払われた金額の3種類の名目から構成されており、その他の名目で支払われた金額はない。
 まず、争点受領金のうち慰労金など遺族固有のものとして支払われた金額は故人の遺族である被告らの固有財産なのでそれ自体で民法第1026条第1号でいう「相続財産に対する処分行為」とみる余地がない。
 争点受領金のうち個人の退職金などの2分の1に該当する金額、故人の退職年金はすべて広い意味で「相続財産」に該当するが、下のような理由で被告らのその受領行為が民法1026条第1号でいう「相続財産に対する処分行為」に該当しないというのが妥当である。
 個人の退職金などの2分の1に該当する金額は、民事訴訟法第246条第1項第4号、第5号によって差押えが禁止される財産で、故人の退職年金はその全額が勤労者退職給与保障法第7条第1項の趣旨上、差押えが禁止される財産であるところ、このように法律上差押えが禁止される財産は債権者による責任財産から除外される。
 法律上差押えが禁止される財産の中でも上のように労働者の退職金などの2分の1に該当する金額や労働者の退職年金は労働者Fだけでなく、その扶養家族の安定的な生活を保障するため社会保障的な次元で差押えが禁止される財産であって、労働者が死亡して相続人になった者が死亡した労働者の扶養家族でなかった場合は別として、相続人になった者が労働者の扶養家族であった場合には上のような立法趣旨が依然として貫徹される必要がある(むしろ労働者が単純に退職した場合より死亡した場合、その扶養家族に対する安定的な生活保障の必要性がより大きくなるので、上のような立法趣旨の貫徹の必要性がやはりより大きくなるといえる)、それによって、このような場合、労働者の退職金などの2分の1に該当する金額と労働者の退職年金は相続債権者のための責任財産から除外され、このように相続債権者のための責任財産から除外される相続財産は民法1026条第1号でいう「相続財産」に該当しないという解釈が妥当であるが、被告らの年齢、身分(2人とも学生である)などを勘案すると、被告らは故人の扶養家族に該当するというのが妥当である。
 もし、見解を異にして、労働者が死亡してその扶養家族が相続人になる場合、労働者の退職金などの2分の1に該当する金額や労働者の退職年金のすべてを相続債権者のための責任財産に該当するとしたり、相続債権者のための責任財産であるかどうかに関係なく死亡当時の被相続人の債権でありさえすれば民法第1026条第1号でいう「相続財産」に該当するという見解に立脚して仮定的に判断しても(したがって、以下の判断は傍論に該当する)下のような理由で被告らの故人の退職金などの2分の1に該当する金額と故人の退職年金を受領した行為は民法第1026条第1号でいう「相続財産に対する処分行為」に該当しないと宇するのが妥当である。
 上でみたように、差押え禁止財産である労働者の退職金などの2分の1に該当する金額や労働者の退職年金が民法第1026条第1号でいう「相続財産」に該当するかに関しては肯定する見解と否定する見解が十分に対立しうるものといえる(判例の中には相続放棄をした相続人らが相続放棄の前に被相続人の給与および退職金を受領したことが民法第1026条第1号でいう「相続財産に対する処分行為」に該当するとするものがあることはあるが、上の事案は被相続人の給与及び退職金のうち2分の1のみを受領した事案でないため、本件に直接的に適用されうる性質のものではない。一方、学説はむしろ差押えが禁止されているかどうかに関係なく労働者の死亡時に遺族に支払われる退職金などや退職年金の全部が相続財産でなく遺族の固有財産に該当するという見解が通説に近い多数説といえる)。
 上のように解釈上疑問が提起されている状況で被告らは会社から故人の退職金などの2分の1に該当する金額、故人の退職年金、明白に自分の固有財産に該当する金額のこの3種類のみを争点受領金として受領してから、そのうち故人の葬式費用として合理的な範囲内といえる11,410,000ウォンを支出し(合理的な範囲内の葬式費用は民法第998条の2によって元来相続財産の中から支払うことができるので、これは民法第1026条でいう相続財産の処分ないし不正消費行為に該当するという余地がない)、残り13,733,774ウォンは一切消費しておらず、受領した口座にそのまま保管しながら裁判所の判断を求めている。
 一方、故人は死亡当時、会社を第三債務者として仮差押えをした債権者らだけをみても、原告に対して150,000,000ウォンが超える債務を、株式会社○○キャピタルに対して47,000,000ウォンが超える債務をそれぞれ負担するなど巨額の債務を負担していた。
 これを総合してみると、被告らが会社から争点受領金を受領したことを民法第1026条第1号でいう「相続財産に対する処分行為」に該当するとして、その相続放棄の効力を否認することは被告らにかなり苛酷で衡平に合わない。 

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